小林一三(こばやし いちぞう)

小林一三(こばやし いちぞう)

1873年(明治6年)1月3日 - 1957年(昭和32年)

日本の実業家、政治家。阪急電鉄や宝塚歌劇団をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。

慶應義塾大学卒業後、三井銀行に入行し、箕面有馬電軌の立ち上げに参加し専務となるが社長が不在だったため経営実権を握り阪急電鉄の礎となりました。

小林一三は鉄道事業だけでなく、土地開発、宝塚歌劇・映画・演劇・日本初のターミナルデパート等の新しいビジネスモデルを生み出しましたが、商工大臣、復興院総裁など政界にも進出しました。

また、電車の中吊り広告を考案した人物です!

小林一三の阪急電鉄

小林一三の阪急電鉄

有川浩の小説『阪急電車』とその映画『阪急電車 片道15分の奇跡』の舞台となった“阪急電鉄”の電車の写真です。

一三が興した事業の多くは、成功の目途がつくと、信頼できる後進に任せ、自身は鮮やかに身を引いて、また新たな事業にチャレンジするというものでした。 起業家としてのロマンとダンディズムにあふれる一三の才能は、多分野にわたる事業に遺憾なく発揮されています。 その生き方は、自身の言葉「人の宝は金ではなく事業である」を貫き、終生、起業家として活躍しました。

小林一三は「私が死んでもタカラヅカとブレーブスだけは売るな」と言い残したそうです。(注:タカラヅカ=宝塚歌劇団、ブレーブス=阪急ブレーブス・現オリックス・バファローズ)

宝塚歌劇団は今年101周年と、阪急電鉄の一部門として続いています。
しかし、ブレーブスは1988年、孫娘の夫である小林公平が「使命を終えた」としてオリエント・リース(現・オリックス)に売却しました。

ビジネスに効く!小林一三の名言

小林一三像

小林一三像

阪急宝塚駅と宝塚大劇場とを結ぶ「花のみち」(兵庫県宝塚市栄町 1丁目)にあります。

金がないから何もできなという人間は、金があっても何もできない人間である。

「金がない!」と言ってしまいがちですが、お金がなくてもどう行動していくか。厳しいながらも為になりますね。

誰にも夢がある。それはたとえ小さくともその夢がふくらみ花を咲かせ、立派に実るのを見るのは楽しい。

この言葉を聞くと、小林一三の創設した宝塚歌劇団で成長し花咲くタカラジェンヌを連想します。

今日の若い人々は学校を出て就職する時、名の通った大会社に入りたがるが大会社に入れば一生楽に暮らせるわけではない。どこでも激しい生存競争はある。偉そうに振舞えても単なる機構の一部の上で踊っているかかしに過ぎぬ。中小企業に進んで就職する方がよほど身のためになる。中小企業で仕事をする ということは、その目的がサラリーマンになることではない。将来独立自営の主になるのが目的なので、仕事はその見習いが主になる。したがってサラリーマン 希望で入ったら大いに当てが外れるだろう。むしろ月給はいらない、手に職を与えてもらう、その道の専門家に生き方を教わる心構えで入らなければならない。

“手に職”。大学生、就活生、新社会人に響く言葉ですね。

自分の長所を磨くことを忘れて、無理からに常識にのみよる行動をとる若い平凡人が多すぎて困る。
目に力がある小林一三

目に力がある小林一三

歳を重ねても、堂々と立派な方ですね。

おまけ

松岡修造

松岡修造

現在、人気の松岡修造さん。実は…

曾祖父:小林一三 (実業家/政治家:阪急東宝グループ創業者)

プロテニスプレイヤーの松岡修造さんは小林一三の曾孫にあたるそうです。びっくりしました。

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